灯りのない部屋

久しぶりに最寄りのセブンに行った

 

引越しをして

家からの距離が2分遠くなるだけで

すっかり通わなくなってしまう

 

人ってどこまでも怠けるものだなあ

 

なんとなく

前居のマンション前を通ってみる

 

私が住んでいた部屋が見える

 

カーテンも

部屋の灯りも

ベランダの洗濯物も

何もない

 

私があの部屋で4年間も生きた痕跡は

たったの2週間余りで

完全にリセットされていた

 

ここに帰ることはもうないんだな

 

しみじみと感じる

頭ではわかっていたことを

 

いつも出入りしていたエントランスを横目に

心がキュウっとなりながら

その場を通り過ぎた

 

あの部屋に灯りが灯るのを見た日

私はどう感じるのだろう

 

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許せなかったこと

 

子どもというのは、

何も考えていないようで

結構色んなことを見ているし、感じている。

 

そして私には

子どもながらに
許せなかったことがある。

 

時は遡り、

私がまだ保育園の頃の話。

 

私の通う保育園では、

毎月「◯月生まれのおともだちを祝う会」といった、「あそこはやばいって聞くよ」と入学時に既に噂が立っている飲みサーがよくやりそうなイベントが開催されていた。まぁ要はただの誕生日会である。

 

しかし、

たかが誕生日会、されど誕生日会。

 

特に、子どもにとっての誕生日会というのは、自分が主役になれる特別な日であり、非日常を感じられる大切なイベントだ。

 

私の保育園では、

大体月に5〜8人ずつぐらいが

お祝いされていた気がする。

もちろん月によってばらつきはあるのだが。

 

園児とせんせいは

園内のホールのような所に集まり、

その日の主役たちは壇上に上がる。

 

確か、みんなに歌を歌ってもらったり

ゲームみたいなことをしたと思う。

さすがに詳しくは思い出せない。

 

でも、1つだけ強く記憶に残っていることがある。というか、私にとって誕生日会の醍醐味とはまさにそれだった。

 

この誕生日会では

最後にイチゴのショートケーキが運ばれてきて、主役たちはそれを壇上で食べることができるのである!

 

「いいなー」と羨望の眼差しを向ける皆を見下ろしながら、その月の主役たちはこぼれだす笑みを抑えきれないといった表情で、ご満悦にケーキを頬張っていた。

 

祝う方は暇だしケーキ食べれないし、正直すごく退屈なのだが、皆心のどこかで「いつか自分も祝ってもらえる」又は「自分もあの時祝ってもらえた」という思いがあり、おともだちのめでたい日を素直にお祝いしていた。いや、めちゃくちゃいい保育園かよ。

 

しかし、

私は2月生まれなので

ひたすらにもどかしい思いをすることになる。

 

繰り返される誕生日会。

繰り返し歌を歌い、繰り返し主役たちがゲームではしゃぐのを見て笑い、繰り返しケーキを見ながら唾を飲み込んだ。

 

「はやく、私も....!」

そんな思いでいつもやり過ごしていた。

 

そして、ついに2月がやってきた。

節分の日だった。

ようやく私は、憧れの壇上に立ち、見る側から見られる側になったのである。

 

早生まれのせいか、

いつもより祝われる人数は少なかった。

そのことが余計に主役感を際立たせ、シャイだった私は顔が熱くなるのを感じた。(たぶん)

 

会が始まってまだ間もない時だった。

突然、ステージ下の観客たちがざわめきだした。

 

「きゃー!!!」

「見て見て!なんかおる!!!」

 

ざわめきはやがて悲鳴に変わり、泣き出す者もいた。

 

壇上の私たちは窓を背にしていて気づかなかったのだが、振り返ると、窓の外から赤と青の大きな物体がこちらを覗き、煽っているのだった。その安っぽい赤と青の影は、太くてとげとげした棒を持ち、趣味の悪い豹柄のパンツを履いて、頭にはツノが生えていた。

 

さっきまでの和やかなムードは一変し、断末魔のような雄叫びがあちこちから上がった。会場はもはやパニックだ。誕生日会どころじゃない。天国が地獄に変わる瞬間を初めて見た気がした。

 

私はただ、ぽかんとしていた。
ほんとに、開いた口から「ぽかん」という音が出るようだった。

 

そこでやっとせんせいが前に立ち、マイクを取った。

 

「みんなー!鬼さんがきたよー!これから各教室に戻って、鬼さんを退治するよ!」

 

皆はパニックのまま、逃げるように会場から外へとなだれ込んだ。まるでテロである。

 

 

「いや、誕生日会は...???」

 

壇上に突っ立っていた私の思いは、どかどかと響く子どもたちの足音にかき消されていった。

 

そして気づけば、ろくに祝われることもなく、ケーキも食べることができず、数十分後には、私も泣き喚きながら園内を走り回っていたのである。

 

集団でピアノの裏やカーテンの中に身を潜め、ぶるぶると震えた。あの時は本気で「殺られる」と思っていた。

 

私は保育園が大好きだし、

保育園で出会ったおともだち、せんせい、思い出は一生の宝物だ。今でも保育園時代の親友とは仲良くしているし、卒園して14年経っても恩師への年賀状を欠かした年はない。

 

しかし、

この記憶だけは

本当に許せないのである。

 

しかも1番許せないのは、

これが1度きりではなかったことだ。

 

2年目は少し期待した。

私(今年こそ、祝っておくれよ...!)

※当時はもっと可愛らしい言葉遣いしてます

 

が、淡い期待は呆気なく霧消した。

 

子ども1「きゃー!!!」

子ども2「見て見て!なんかおる!!!」

せんせい「みんなー!鬼さんがきたよー!」

 

もはやコントである。

 

 

3年目からは

たとえ誕生日会の日でも

私は泣いて保育園に行くのを拒むようになった。この時から大人というものを信用できなくなっていた気がする。

 

だって節分の日にやるんだもん!

 

鬼来るんだもん!

 

2月生まれのおともだちだけ扱いがぞんざいなんだもん!

 

せんせいたちの「早生まれの子も少ないし、2月はお誕生日会と節分まとめちゃっていいですよね?」って魂胆見え見えなんだもん!

 

もはや

節分 feat.お誕生日会だったよね

あれはほんと、よくないよ....

 

 

ここまで書いてみて、

保育園時代って結構面白いエピソードあるなと気づいた。

 

それだけ子どもというのは、純粋であるが故に感受性が豊かであり、強く記憶に残ることが多いのかもしれない。

 

気が向いたらまた幼少期エピソード書いてみます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西荻窪

ここで暮らし始めて早2年が経つ。

私はこの街が好きだ。

 

高校生のとき、

学校が終わったら急いで新幹線に乗り、

1人で東京へ向かった。

 

ぷしゅ、とビールの缶を開ける音。

ネクタイを緩めるおじさんの横で、窓の中の景色が、どんどん慣れ親しんだ風景から離れていくのを、ただ眺めていた。鼓動が速くなるのを抑えられずにいた。

 

オープンキャンパスに行くのが目的だった。

翌日、電車の時刻をメモした手帳を何度も確認し、やがてこの街に降り立った。

 

駅から大学までの道を歩く。

道中、何を考えていたかはよく覚えていない。

ただ、「来年、またここを歩いているかな」と何となく思った気がする。

 

オープンキャンパスからの帰り道。

大学前から吉祥寺までのバスに乗る。私と同じような子たちでバスはあっという間にぎゅうぎゅうになってしまった。かろうじておばさんの隣に座ることができた。

 

「あなたここの学生さん?

今日はすごい人ね。なにかあったの?」

 

急に話しかけられて私はどぎまぎした。

「いえ、今日はオープンキャンパスで、私は岡山から来たんです。」

 

車内は意外にも静かで、聞かれてもいない情報を伝えておきながら、まわりの人たちに田舎者と認識されたことが少し恥ずかしかった。

 

「きびだんごね。」

おばさんは微笑む。

 

上京してから分かったことだが、これは岡山出身と言って相手から返ってくる反応ランキング不動のNo.1の返しである。ちなみに第2位は「倉敷いいよね」だ。

 

気づけばまわりの目も気にせず、おばさんとの話に花を咲かせていた。東京の人は冷たいとどこかで思っていたが、全くそんなことはなかった。

 

おばさんが東京で生き抜く術を熱く語るのを、私はふんふんと聞き、しっかりと心に刻んだ。はずなのだが、今振り返ると何一つ覚えていない。ごめんよおばさん。

 

吉祥寺に停車すると、私とおばさんは握手を交わし別れた。「必ず合格してまたここに来ます」と言ったその時の私には、もう夢ができていた。

 

西荻窪にはじめて1人で降り立ったあの日。

私があの時感じた、この小さな街のふしぎな居心地の良さは今も変わらない。

 

大きなデパートも、映画館も、

スタバもミスドもない街だけど、

 

蔦の絡む古い喫茶店に

絵本屋、ケーキ屋、文房具屋。

懐かしい感じの肉屋と、

マッチョなお兄さんが働く野菜屋。

おしゃれじゃないけど、

安くて美味しい飲み屋。

やたらと多い、インド人の経営するカレー屋。

絵画のギャラリー展に、アニメスタジオ。

 

 

善福寺川は穏やかで、

川沿いに並ぶ住宅の屋根の線が、不規則な形を水面に映す。

 

餌を食べるために水中に潜ったカモが、ドナルドみたいな脚とおしりを、水面から覗かせる。

 

晴れた日なんかは、もう一つの空と雲がそこにありそうな気さえしてくる。

 

東京にいるはずなのに、

人や時間の忙しなさを忘れて

なんでもない日常の幸せを感じさせてくれる街。

 

いま、あの日と同じように私はここにいて、

そして「ここに来てよかった」と思っている。

 

私はこの街が好きだ。